BADBADNOTGOODという名前を初めて見たとき、ジャズバンドだと思う人はほとんどいないだろう。
BAD。
BAD。
NOT GOOD。
直訳すれば、
「悪い、悪い、良くない」。
ふざけた名前だ。
しかし、このふざけた名前の若者たちは2010年代のジャズを大きく変えることになる。
彼らが演奏したのは、ジャズのスタンダードだけではなかった。
Tyler, The Creator。
Odd Future。
MF DOOM。
J Dilla。
A Tribe Called Quest。
Nas。
ヒップホップを聴いて育った若者たちが、その音楽をジャズとして演奏した。
しかも、
「ヒップホップをジャズ風にアレンジしてみました」
という企画ではない。
彼らにとってJohn ColtraneとJ Dillaは、同じ音楽世界の中に存在していた。
ジャズ。
ヒップホップ。
ソウル。
ファンク。
サイケデリック。
電子音楽。
すべてを同じテーブルに置く。
その結果、BADBADNOTGOODはジャズファンだけではなく、ラッパー、ビートメイカー、R&Bシンガー、インディーロックのリスナーまで巻き込んでいった。
Kendrick Lamar。
Ghostface Killah。
MF DOOM。
Kaytranada。
Daniel Caesar。
Kali Uchis。
Charlotte Day Wilson。
Baby Rose。
気がつけば、彼らは現代音楽の巨大な交差点のような存在になっていた。
- トロントから始まった
- Odd Futureをジャズで演奏する
- ジャズ学校では評価されなかった
- 『BBNG』
- 『BBNG2』
- ヒップホップとジャズは本当に別物なのか
- J Dillaの存在
- Alexander Sowinski
- Chester Hansen
- Matthew Tavares
- Leland Whitty
- 『III』
- 「Can’t Leave the Night」
- Ghostface Killah
- 『Sour Soul』
- MF DOOMまで現れる
- 古いレコードのような音
- 『IV』
- 「Time Moves Slow」
- 「Lavender」
- Kaytranadaとの関係
- Kendrick Lamar
- Daniel Caesar
- Kali Uchis
- バンドなのか、プロデューサーなのか
- Matthew Tavaresが離れる
- 『Talk Memory』
- ライブのエネルギーを録音する
- Arthur Verocai
- 「Signal from the Noise」
- Turnstileまでつながる
- Baby Rose
- 『Mid Spiral』
- 一週間のセッション
- ジャズへ戻ったのではない
- Chaos、Order、Growth
- なぜBADBADNOTGOODは古くならないのか
- ジャズを「若者の音楽」に戻した
- サンプリング文化を生演奏へ戻す
- Hiatus Kaiyoteとの共通点
- 初めて聴くなら
- ジャズをヒップホップの時代へ連れ戻した異端児たち
トロントから始まった
BADBADNOTGOODは2010年、カナダ・トロントで結成された。
中心となったのは、
Matthew Tavares(キーボード)
Chester Hansen(ベース)
Alexander Sowinski(ドラム)
の3人。
彼らはトロントのHumber Collegeでジャズを学んでいた。
つまり、音楽教育としてはかなり正統派だ。
しかし聴いていた音楽は、必ずしもジャズだけではなかった。
むしろ彼らの世代にとって自然だったのはヒップホップだった。
J Dilla。
MF DOOM。
Odd Future。
A Tribe Called Quest。
そしてインターネット上で次々と生まれる新しい音楽。
彼らにとって、
「ジャズを勉強しているからジャズだけを演奏する」
という発想そのものが不自然だった。
Odd Futureをジャズで演奏する
彼らが最初に注目されるきっかけとなったのが、Odd Futureの楽曲を演奏した動画だった。
Tyler, The Creatorを中心に、Frank Ocean、Earl Sweatshirtらを擁したOdd Future。
当時、インターネット世代を象徴するようなヒップホップ集団だった。
BADBADNOTGOODは、その音楽をジャズトリオで演奏した。
ピアノ。
ベース。
ドラム。
しかし単なるカバーではない。
ヒップホップのビートを生演奏へ変換し、その上で即興する。
ジャズの言語とヒップホップの言語が、自然につながっていた。
『The Odd Future Sessions』と呼ばれる映像はインターネットで広がり、やがて本人たちにも届く。
そしてTyler, The Creator本人とのセッションまで実現する。
まだ学生だった3人の人生が動き始めた。
ジャズ学校では評価されなかった
面白いのは、彼らのスタイルが最初から学校で歓迎されていたわけではないことだ。
ジャズ教育の世界には伝統がある。
スタンダード。
ビバップ。
ハーモニー。
即興。
もちろん、それらを学ぶことは重要だ。
しかしBADBADNOTGOODが持ち込んだのは、Odd Futureやヒップホップのビートだった。
彼らにとっては自然だった。
だが伝統的なジャズ教育の視点から見れば、少し異質だった。
しかし結果的には、その「異質さ」こそが彼らの最大の武器になる。
学校の外には、彼らの音楽を面白がる巨大な世界が存在していた。
『BBNG』
2011年。
彼らは最初の作品『BBNG』をBandcampで公開する。
そこにはオリジナル曲だけでなく、
A Tribe Called Quest。
J Dilla。
Nas。
Ol’ Dirty Bastard。
Joy Division。
さまざまな音楽のカバーが含まれていた。
普通のジャズアルバムではない。
むしろ、
「自分たちのプレイリストをジャズトリオで演奏した」
ような作品だった。
ここにBADBADNOTGOODの基本姿勢がある。
ジャンルで音楽を選ばない。
良い曲なら演奏する。
それだけだ。
『BBNG2』
翌2012年には『BBNG2』を発表。
この作品でも彼らはヒップホップだけに留まらなかった。
James Blake。
My Bloody Valentine。
Kanye West。
Feist。
Earl Sweatshirt。
ジャンルは完全にバラバラだ。
しかしBADBADNOTGOODが演奏すると、一つの世界になる。
この感覚は後の彼らにもずっと続いている。
「これはジャズだから演奏する」
のではない。
「この曲が好きだから演奏する」。
非常に単純だ。
しかしジャンルという壁が強かった時代には、この単純さが新しかった。
ヒップホップとジャズは本当に別物なのか
考えてみれば、ヒップホップとジャズの関係はもともと深い。
A Tribe Called Quest。
Gang Starr。
De La Soul。
Pete Rock。
The Roots。
1990年代から、ヒップホップは大量のジャズレコードをサンプリングしてきた。
BADBADNOTGOODがやったことは、その流れを逆向きにしたとも言える。
ヒップホップがジャズをサンプリングする。
では、
ジャズミュージシャンがヒップホップを演奏したらどうなるのか。
サンプラーの中に入っていたジャズを、再び人間が演奏する。
その循環が面白かった。
J Dillaの存在
BADBADNOTGOODを理解するうえで、J Dillaの存在は非常に重要だ。
Dillaのビートは機械的ではない。
少しずれている。
ドラムのタイミングが微妙に前後する。
普通なら修正されるようなズレが、そのままグルーヴになる。
この感覚は2000年代以降のジャズミュージシャンにも巨大な影響を与えた。
BADBADNOTGOODもその世代だ。
Alexander Sowinskiのドラムを聴くと、単純なジャズドラマーとは違うことが分かる。
彼は時々、
「人間がドラムマシンを演奏している」
ように聞こえる。
しかし完全に正確ではない。
少し揺れる。
そこにヒップホップのグルーヴが生まれる。
Alexander Sowinski
BADBADNOTGOODのライブを見ると、まず目を引くのがAlexander Sowinskiだ。
ドラム。
そして奇妙なマスク。
初期には豚のようなマスクを被って演奏することもあった。
見た目からして、伝統的なジャズドラマーとはかなり違う。
しかし演奏は非常に緻密だ。
ヒップホップ。
ジャズ。
ファンク。
ブレイクビーツ。
ロック。
それらを一つのドラムセットで行き来する。
BADBADNOTGOODの音楽が「ジャズなのにヒップホップとして聞こえる」理由のかなり大きな部分を、彼のドラムが担っている。
Chester Hansen
ベースのChester Hansenも重要だ。
ジャズベースというとウッドベースを想像するかもしれない。
Hansenの中心はエレクトリックベース。
太い低音。
短いフレーズ。
繰り返されるベースライン。
彼の演奏にはヒップホップとファンクの感覚が強い。
複雑なことを演奏できる。
しかし必要なら同じフレーズを延々と繰り返す。
その反復がグルーヴになる。
ジャズの即興性と、ヒップホップのループ感覚。
その中間にいるベーシストだ。
Matthew Tavares
初期BADBADNOTGOODのハーモニーを大きく支えていたのがMatthew Tavares。
ピアノやキーボードを担当し、ジャズ的なコードとサイケデリックな音色を持ち込んだ。
初期作品から『III』『Sour Soul』『IV』へ進むにつれて、彼らの音楽は単なる「ヒップホップを演奏するジャズトリオ」ではなくなっていく。
その変化にTavaresの存在は大きかった。
後に彼はバンドのツアー活動から離れ、さらにBADBADNOTGOODそのものからも離れていくことになる。
しかし初期から中期のサウンドを形成した重要人物であることは間違いない。
Leland Whitty
そしてもう一人。
Leland Whitty。
サックスを中心にギターやストリングスなども扱うマルチインストゥルメンタリストだ。
最初はサポート的な参加だったが、後に正式メンバーとなる。
Whittyが加わったことでBADBADNOTGOODの音楽は大きく広がった。
トリオのタイトなグルーヴだけではない。
ホーン。
ストリングス。
ギター。
より映画的なアレンジ。
後の『Talk Memory』へつながる音楽的な広がりが生まれていく。
『III』
2014年。
BADBADNOTGOODは『III』を発表する。
この作品は重要だ。
なぜなら、それまで彼らについて回っていた、
「ヒップホップをジャズでカバーする若者」
というイメージから本格的に離れた作品だからだ。
『III』はオリジナル曲を中心としたアルバム。
つまり、
カバーが面白いバンドではなく、
作曲できるバンドであることを証明する必要があった。
そして彼らはそれをやった。
「Can’t Leave the Night」
『III』を代表する曲の一つが「Can’t Leave the Night」。
重いベース。
不穏なキーボード。
巨大なドラム。
ジャズというより、ダークなヒップホップのビートのようにも聞こえる。
しかしサンプルではない。
人間が演奏している。
この境界の曖昧さこそBADBADNOTGOODの魅力だった。
ジャズバンドなのに、プロデューサーが作ったビートのように聞こえる。
逆にヒップホップのようなのに、突然即興演奏が始まる。
どちらにも完全には属さない。
Ghostface Killah
そして2015年。
BADBADNOTGOODのキャリアを代表する作品の一つが生まれる。
Wu-Tang ClanのGhostface Killahとの共同アルバム、
『Sour Soul』。
これは非常に重要な作品だ。
それまでBADBADNOTGOODは、
「ヒップホップが好きなジャズバンド」
だった。
『Sour Soul』では本物のヒップホップの伝説とアルバムを作ることになった。
『Sour Soul』
『Sour Soul』の面白さは、ジャズラップのアルバムではないことだ。
サウンドはむしろ、
1960年代〜70年代のソウル。
ファンク。
映画音楽。
サイケデリック。
そこにGhostface Killahのラップが乗る。
古い犯罪映画のサウンドトラックのような世界。
BADBADNOTGOODはここで、単なる演奏バンドではなく、
「ヒップホップのための音そのものを作れるバンド」
になった。
MF DOOMまで現れる
『Sour Soul』にはMF DOOMも参加している。
「Ray Gun」。
Ghostface Killah。
MF DOOM。
そしてBADBADNOTGOOD。
ヒップホップファンから見れば、かなり異常な組み合わせだ。
トロントのジャズ学生だった若者たちが、数年後にはGhostfaceとDOOMの後ろで演奏している。
インターネットから始まったBADBADNOTGOODというバンドを象徴する瞬間でもある。
古いレコードのような音
『Sour Soul』制作を通して、BADBADNOTGOODはアナログ録音にも深く入り込んでいく。
テープ。
ヴィンテージ機材。
古いマイク。
60年代、70年代のソウルレコードのような質感。
この経験は後の『IV』にも影響する。
彼らは新しい音楽を作るために、逆に古い録音技術へ向かった。
ここもBADBADNOTGOODらしい。
未来的な音を作るために、最新機材だけを使う必要はない。
50年前の録音方法でも、新しい組み合わせなら新しく聞こえる。
『IV』
2016年。
4枚目のアルバム『IV』。
ここでBADBADNOTGOODはさらに大きく変化する。
インストゥルメンタルだけではない。
多くのヴォーカリストを迎える。
Sam Herring。
Charlotte Day Wilson。
Mick Jenkins。
Colin Stetson。
Kaytranada。
そしてKali Uchis。
「Time Moves Slow」
『IV』を代表する曲の一つが「Time Moves Slow」。
ヴォーカルはFuture IslandsのSamuel T. Herring。
非常にシンプルな曲だ。
ゆっくりしたドラム。
温かいベース。
少し古びたキーボード。
Herringのソウルフルな声。
BADBADNOTGOODの初期にあった、
「俺たちはこんなに演奏できる」
というエネルギーとは違う。
必要な音だけを置く。
その結果、時間そのものが遅くなったような曲になった。
後にこの曲はサンプリングなどを通じてもさらに広く知られるようになる。
「Lavender」
『IV』の「Lavender」ではKaytranadaと共演。
これは非常に自然な組み合わせだった。
Kaytranadaもまた、
ヒップホップ。
ハウス。
ファンク。
R&B。
ジャンルを横断するプロデューサーだ。
しかも同じカナダを拠点とする同世代。
BADBADNOTGOODの生演奏とKaytranadaのビート感覚。
この関係は一曲だけでは終わらない。
Kaytranadaとの関係
BADBADNOTGOODとKaytranadaは何度も仕事をしている。
Kaytranadaの代表作『99.9%』に収録された「Weight Off」にBADBADNOTGOODが参加。
逆にKaytranadaも彼らの作品へ参加する。
両者に共通するのは、
「クラブミュージックだから電子音」
「ジャズだから生演奏」
という発想がないことだ。
気持ちいいグルーヴなら使う。
その柔軟さが、2010年代の音楽を象徴していた。
Kendrick Lamar
BADBADNOTGOODの影響はさらに大きな場所へ向かう。
Kendrick Lamar。
2017年の『DAMN.』収録曲「LUST.」。
BADBADNOTGOODはこの楽曲の制作に関わっている。
世界でもっとも重要なラッパーの一人の作品に、トロントのジャズバンドの感覚が入り込む。
しかしこれは突然起きたことではない。
彼らは最初からヒップホップの中で活動してきた。
Odd Futureのカバーから始まり、
Ghostface Killah。
MF DOOM。
そしてKendrick Lamar。
むしろ自然な流れだった。
Daniel Caesar
同じトロントから登場したDaniel Caesarとの関係も重要だ。
BADBADNOTGOODは彼の音楽制作にも関わっている。
特に「Get You」。
Daniel Caesar feat. Kali Uchis。
現代R&Bを代表する楽曲の一つになった。
ここでもBADBADNOTGOODは前へ出ない。
「俺たちはジャズバンドです」
と主張しない。
曲が必要とする音を作る。
だから彼らはバンドでありながら、プロデューサーチームのようにも機能する。
Kali Uchis
Kali Uchisとの関係も深い。
『IV』では「In Your Eyes」に参加。
さらに彼女の作品制作にも関わり、「After the Storm」のような楽曲にもBADBADNOTGOODのメンバーが関与している。
Kali Uchis。
Tyler, The Creator。
Bootsy Collins。
そこへBADBADNOTGOODの音楽的ネットワークがつながる。
彼らのキャリアを見ていると、
「誰と誰が同じジャンルなのか」
という考え方自体が意味を失っていく。
バンドなのか、プロデューサーなのか
BADBADNOTGOODの特殊さはここにある。
普通のバンドなら、
アルバムを作る。
ツアーする。
またアルバムを作る。
しかし彼らは違う。
自分たちの作品を作りながら、
他人の曲をプロデュースする。
バックバンドになる。
サンプルを提供する。
セッションへ参加する。
ラッパーとアルバムを作る。
R&Bシンガーと曲を作る。
その活動方法は、ジャズバンドというよりヒップホップのプロデューサーに近い。
Matthew Tavaresが離れる
『IV』以降、バンドには変化が起きる。
Matthew Tavaresがツアー活動から距離を置き、その後グループを離れる。
初期からBADBADNOTGOODの重要なメンバーだっただけに、大きな変化だった。
一方でLeland Whittyの存在感が増していく。
結果として、
Alexander Sowinski。
Chester Hansen。
Leland Whitty。
この3人が現在のBADBADNOTGOODの中心となっていく。
『Talk Memory』
2021年。
5年ぶりのスタジオアルバム『Talk Memory』を発表。
ここで彼らは意外な方向へ進む。
ヒップホップから離れたわけではない。
しかし、アルバムの中心にあるのは明らかにインストゥルメンタル・ジャズだ。
長い曲。
即興。
複雑な展開。
ライブ演奏のエネルギー。
初期のヒップホップカバーとはまったく違う。
しかし考えてみれば、これは原点回帰でもある。
彼らはもともとジャズミュージシャンだった。
ライブのエネルギーを録音する
『Talk Memory』以前、BADBADNOTGOODは長期間ツアーを続けていた。
そこでバンドとしての演奏能力が大きく変化した。
毎晩演奏する。
即興する。
同じ曲でも毎日違う。
その経験をスタジオへ持ち込みたい。
『Talk Memory』はその発想から作られた。
曲を細かく編集して完璧にするというより、
人間が同じ部屋で演奏するエネルギーを残す。
Arthur Verocai
『Talk Memory』には、TIMELESS PEOPLEでHiatus Kaiyoteを取り上げたときにも登場したブラジルの巨匠Arthur Verocaiが参加している。
1972年のセルフタイトル作品で知られる作曲家・編曲家。
BADBADNOTGOODも彼を深く敬愛していた。
ストリングスアレンジを通じて、彼らの音楽はさらに映画的になる。
面白いことに、Hiatus KaiyoteもBADBADNOTGOODもArthur Verocaiへ辿り着いた。
ジャンルは違っても、現代の新しいジャズ/ソウルを作るミュージシャンたちが同じ過去の音楽を掘っている。
「Signal from the Noise」
『Talk Memory』を象徴する曲が「Signal from the Noise」。
約9分。
BADBADNOTGOODの中でもかなり激しい。
ドラム。
ベース。
サックス。
ノイズ。
反復。
徐々に音楽が巨大になっていく。
初期の「ヒップホップをジャズで演奏する若者」というイメージは、完全に消えている。
これは現代のジャズバンドだ。
しかもかなり危険な音を出すジャズバンド。
Turnstileまでつながる
BADBADNOTGOODの面白さは、その後もコラボレーションの範囲が広がり続けていることだ。
2023年にはハードコアバンドTurnstileと『New Heart Designs』を発表。
Turnstileの楽曲をBADBADNOTGOODと再構築した作品だ。
ハードコア。
ジャズ。
普通ならかなり遠い。
しかし彼らにとっては関係ない。
Odd Futureを演奏した学生時代から、考え方は変わっていない。
面白い音楽なら一緒にやる。
Baby Rose
2024年にはBaby Roseとの共同EP『Slow Burn』を発表。
Baby Roseの低く深い歌声。
BADBADNOTGOODのヴィンテージソウル的な演奏。
非常に相性がいい。
特に「One Last Dance」では、彼らが『Sour Soul』以降磨いてきた映画音楽的なソウルサウンドが強く現れている。
ここでもBADBADNOTGOODは歌手の後ろへ回る。
演奏力を見せつけるのではなく、声が最も美しく聞こえる場所を作る。
『Mid Spiral』
そして2024年。
BADBADNOTGOODは再びインストゥルメンタルへ向かう。
『Mid Spiral』。
最初は、
『Mid Spiral: Chaos』
『Mid Spiral: Order』
『Mid Spiral: Growth』
という3つの作品として連続発表され、後に17曲の『Mid Spiral』としてまとめられた。
タイトル通り、
Chaos=混沌。
Order=秩序。
Growth=成長。
三つの状態を行き来する作品だ。
一週間のセッション
『Mid Spiral』の面白いところは制作方法にある。
2024年初頭、BADBADNOTGOODはロサンゼルスのValentine Recording Studiosへ入る。
そして親しいミュージシャンたちを呼んだ。
Kaelin Murphy。
Juan Carlos Medrano。
Felix Fox-Pappas。
Tyler Lott。
目的は巨大なコンセプトアルバムを作ることではなかった。
とにかく演奏する。
一週間ほどの集中したセッション。
そこから大量の音楽が生まれた。
ジャズへ戻ったのではない
『Mid Spiral』について、
「BADBADNOTGOODがジャズへ戻った」
と説明することもできる。
しかし少し違う。
彼らはジャズから離れていたわけではない。
ヒップホップをやっている時も、
R&Bを作っている時も、
ハードコアバンドと演奏している時も、
ジャズ的な考え方はずっと残っていた。
相手の音を聞く。
反応する。
即興する。
その瞬間に音楽を変える。
つまり彼らにとってジャズとは、音色ではなく方法なのかもしれない。
Chaos、Order、Growth
『Mid Spiral』の3部構成は、BADBADNOTGOODというバンドそのものにも見える。
Chaos。
最初は学生たちが好きな曲を勝手に演奏していた。
Odd Future。
J Dilla。
MF DOOM。
何でもあり。
Order。
やがて『III』『Sour Soul』『IV』を作り、自分たちのサウンドを確立する。
そしてGrowth。
メンバーが変わる。
音楽も変わる。
『Talk Memory』。
Baby Rose。
『Mid Spiral』。
完成形に留まらず、また別の方向へ進む。
なぜBADBADNOTGOODは古くならないのか
彼らが登場してから十年以上が経った。
当時、
「ヒップホップを演奏する若いジャズバンド」
というだけでも新しかった。
しかし、それだけなら一時的なブームで終わっていたはずだ。
BADBADNOTGOODが残った理由は、そのスタイル自体に執着しなかったからだ。
Odd Futureのカバーが注目された。
でもカバーだけを続けなかった。
『Sour Soul』が成功した。
でもラッパーとのアルバムだけを作らなかった。
『IV』でヴォーカル曲が人気になった。
でもポップバンドにはならなかった。
『Talk Memory』では長いインストゥルメンタルへ向かった。
そして『Mid Spiral』ではさらに自由に演奏した。
成功した場所から離れる。
これは簡単ではない。
ジャズを「若者の音楽」に戻した
BADBADNOTGOODが登場した2010年代初頭、若いリスナーにとってジャズは必ずしも身近な音楽ではなかった。
難しい。
古い。
大人が聴く。
そんなイメージもあった。
そこへ、
Tシャツ。
スニーカー。
ヒップホップ。
YouTube。
Odd Future。
J Dilla。
そんな文化の中にいる若者たちがジャズを演奏して現れた。
「ジャズを聴くにはジャズの歴史を勉強してください」
とは言わなかった。
Tyler, The Creatorが好きなら、それでいい。
そこから入ればいい。
そして気づいたら、
Herbie Hancock。
Miles Davis。
John Coltrane。
Arthur Verocai。
さらに過去の音楽へつながっていく。
BADBADNOTGOODは、ジャズへの入口を作り直した。
サンプリング文化を生演奏へ戻す
彼らのもう一つの功績は、
「サンプルされる側」
と
「サンプルする側」
の境界を曖昧にしたことだ。
ジャズレコードをヒップホップがサンプリングする。
これは昔からあった。
BADBADNOTGOODはヒップホップを生演奏する。
さらに自分たちの演奏が別のアーティストに使われる。
そして自分たちもプロデュースする。
音楽が円を描いている。
誰がジャズで、
誰がヒップホップなのか。
もはやあまり重要ではない。
Hiatus Kaiyoteとの共通点
TIMELESS PEOPLE #009で取り上げたHiatus Kaiyoteとも共通点がある。
両者ともジャズを基盤に持ちながら、ヒップホップ世代から強く支持された。
そして自分たち自身が巨大なポップスターになるというより、
ミュージシャンから異常に愛される。
Kendrick Lamar。
Drake。
Anderson .Paak。
Kaytranada。
Daniel Caesar。
現代音楽の中心にいるアーティストたちが、彼らの音へ近づいてくる。
ジャンルの外側にいるからこそ、あらゆるジャンルから必要とされる。
初めて聴くなら
BADBADNOTGOODを初めて聴くなら、まず「Time Moves Slow」。
最も入りやすい。
次に、
「Can’t Leave the Night」。
ここでインストゥルメンタルのBADBADNOTGOODへ入る。
そして『Sour Soul』から、
「Six Degrees」
「Ray Gun」
「Sour Soul」。
ヒップホップとの関係が分かる。
次に『IV』。
「In Your Eyes」
「Lavender」
「Confessions Pt II」。
さらに初期の『BBNG』『BBNG2』へ戻る。
そこでOdd FutureやJ Dillaのカバーを聴く。
最後に、
『Talk Memory』。
そして『Mid Spiral』。
この順番で聴くと、
「ヒップホップを演奏する学生ジャズバンド」
から、
「ジャンルそのものを必要としない現代的な音楽集団」
へ変化していく過程がよく分かる。
ジャズをヒップホップの時代へ連れ戻した異端児たち
BADBADNOTGOODはジャズを救ったわけではない。
ジャズは彼らが登場する前から生きていた。
しかし彼らは、
「ジャズをどこで聴くのか」
を変えた。
ジャズクラブだけではない。
YouTube。
Bandcamp。
ヒップホップフェス。
ラッパーのアルバム。
R&B。
ハードコア。
ストリーミングのプレイリスト。
どこにでもジャズを持っていった。
そして彼ら自身も、
「ジャズバンドとはこうあるべきだ」
というルールをほとんど守らなかった。
Odd Futureを演奏する。
Ghostface Killahとアルバムを作る。
MF DOOMを呼ぶ。
Kaytranadaとビートを作る。
Daniel Caesarを支える。
Kendrick Lamarの作品に関わる。
Turnstileとハードコアを再構築する。
Baby Roseとソウルを作る。
そして突然、長いインストゥルメンタルジャズへ戻る。
一見するとバラバラだ。
しかし彼らの中では全部つながっている。
なぜならBADBADNOTGOODにとって重要なのは、
「これは何というジャンルなのか」
ではないからだ。
この音は面白いか。
それだけだ。
2010年。
トロントのジャズ学生たちは、ヒップホップをジャズで演奏し始めた。
当時は異端だった。
しかし十数年後。
ジャズ。
ヒップホップ。
R&B。
ソウル。
電子音楽。
それらが自然に混ざることは、もはや珍しくない。
つまりBADBADNOTGOODが変わっただけではない。
彼らが遊んでいた境界線の方が、消えていった。

