TIMELESS PEOPLE #008|Remi Wolf──ポップミュージックを極彩色に塗り替える異才

TIMELESS PEOPLE

Remi Wolf(レミ・ウルフ)の音楽を初めて聴くと、少し混乱する。

ファンクなのか。

ソウルなのか。

インディーポップなのか。

ロックなのか。

ディスコなのか。

R&Bなのか。

曲によっては、その全部が数分間の中に入っている。

しかも彼女の場合、音楽だけではない。

原色だらけのアートワーク。

奇妙な衣装。

歪んだ写真。

意味があるのか分からない言葉。

突然叫び出すヴォーカル。

何十人ものRemi Wolfが同時に存在しているようなコーラス。

すべてが過剰だ。

しかし、不思議なことに散らからない。

どれだけ色を重ねても、最後には「Remi Wolfの音」になる。

彼女はジャンルを破壊しようとしているわけではない。

もっと単純に、好きなものを全部使っている。

そして、その無邪気な貪欲さこそがRemi Wolfというアーティストの最大の魅力なのかもしれない。

カリフォルニアで生まれたRemi Wolf

Remi Wolfは1996年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。

サンフランシスコ近郊のPalo Altoで育った。

現在の彼女を見ると、幼い頃から音楽だけに没頭してきた人物のように思える。

しかし、実際には少し違う。

彼女が本気で取り組んでいたものの一つは、スキーだった。

オリンピックを目指したスキー選手

Remi Wolfは子どもの頃から約10年間、競技スキーに取り組んでいた。

しかも趣味のレベルではない。

全米レベルの大会へ出場するほど本格的な選手だった。

世界中を移動しながらトレーニングと大会を繰り返す。

その先にはオリンピックという可能性もあった。

しかし10代になると、Wolfは疲れてしまう。

競技を続けるなら、さらに本格的にオリンピックを目指す。

そうでなければ辞める。

その分岐点で、彼女はスキーを選ばなかった。

代わりに向かったのが音楽だった。

ただ、この10年間は決して無駄になっていない。

後に世界中をツアーするミュージシャンとなったWolfは、競技スキー時代とツアー生活には似た部分があると語っている。

移動する。

本番がある。

結果を出す。

また移動する。

そして次の本番へ向かう。

幼い頃から続いていた「動き続ける人生」は、形を変えて再び彼女の人生へ戻ってくる。

放課後の音楽教室

スキーと並行して、Wolfは音楽にも夢中になっていった。

Palo Altoの放課後の音楽プログラムで、他の若いミュージシャンたちとバンドを組む。

そこで演奏していたのはStevie Wonderのようなソウルやファンク、そしてロックやパンク。

ここで重要な人物と出会う。

Jared Solomon。

後に「Solomonophonic」として活動し、Remi Wolfの長年のプロデューサーとなる人物だ。

二人が出会ったのは15歳頃。

つまり、Wolfが世界的なアーティストになるはるか前から一緒に音楽を作っていたことになる。

後の『Juno』や『Big Ideas』まで続く関係は、この頃から始まっている。

『American Idol』に出場

2014年、高校生だったRemi Wolfは『American Idol』へ出場する。

現在の彼女の音楽から考えると、かなり意外な経歴だ。

きっかけはヴォーカルコーチだった。

オーディションを受けてみればいいと言われ、

「じゃあやってみよう」

という感覚で参加した。

結果としてHollywood Weekまで進出する。

しかし、そこで敗退。

後にWolfは『American Idol』について、テレビ番組として非常に強く演出された世界だったと振り返っている。

それでも、この経験は彼女にとって重要だった。

歌が上手いだけでは、自分が作りたい音楽にはならない。

誰かが用意した曲を上手く歌うことと、

自分自身の世界を作ること。

その二つはまったく違う。

Remi Wolfは後者へ進んでいく。

USC Thornton School of Musicへ

高校卒業後、Wolfはロサンゼルスへ移り、南カリフォルニア大学のThornton School of Musicへ進学。

2018年に卒業した。

ロサンゼルスという街は、彼女の音楽に大きな影響を与えることになる。

ヒップホップ。

ファンク。

ソウル。

インディーロック。

電子音楽。

ポップ。

あらゆる音楽が同時に存在する。

そしてWolf自身も、どれか一つを選ぼうとはしなかった。

『You’re A Dog!』

2019年、Remi WolfはEP『You’re A Dog!』を発表する。

これがソロアーティストとしての本格的なスタートとなった。

この頃から、現在につながる特徴はすでに現れている。

強烈なヴォーカル。

ファンクのグルーヴ。

奇妙な歌詞。

カラフルなサウンド。

そして、どこかふざけているようで実は非常に細かく作り込まれたプロダクション。

Remi Wolfは「ポップスターらしく見せる」ことよりも、自分が面白いと思うものをそのまま外へ出していった。

「Photo ID」

2020年。

Remi Wolfの名前を一気に広げる曲が生まれる。

「Photo ID」。

EP『I’m Allergic To Dogs!』に収録されたこの曲は、TikTokなどを通じて爆発的に広がっていった。

ファンキーなベース。

跳ねるビート。

奇妙なヴォーカル。

一度聴くと頭から離れないフック。

しかし「Photo ID」の面白さは、単にキャッチーなことではない。

曲の中では細かな音が次々と現れては消えていく。

声が加工される。

コーラスが重なる。

ビートが変化する。

それなのにポップソングとして成立している。

この「情報量が多いのに聴きやすい」という特徴は、その後のRemi Wolfの音楽を決定づける。

声を楽器として使う

Remi Wolf最大の武器は、間違いなく声だ。

彼女は単に歌が上手いシンガーではない。

声そのものを楽器のように扱う。

普通に歌う。

囁く。

叫ぶ。

裏返す。

何重にも録音する。

ピッチを変える。

リズムとして配置する。

自分自身の声をサンプリングする。

一人の人間が歌っているというより、声だけで小さなバンドを作っているように聞こえる瞬間がある。

特に初期作品では、このヴォーカル・アレンジがRemi Wolfのサウンドの中心にある。

しかし、その裏側では

「Photo ID」がヒットし、キャリアは急速に上向いていった。

しかし本人の生活は必ずしも順調ではなかった。

Wolfはアルコールや薬物との関係に問題を抱えるようになり、2020年にリハビリ施設へ入った。

そして、その直後に世界はCOVID-19のパンデミックへ入る。

キャリアが動き始めた。

しかしライブはできない。

外へも出られない。

そして自分自身の生活も変えなければならない。

そんな極端な状況の中で作られたのが、デビューアルバム『Juno』だった。

『Juno』

2021年10月。

Remi Wolfはデビューアルバム『Juno』を発表する。

タイトルのJunoは、彼女の愛犬の名前だ。

この作品はCOVID-19によるロックダウン下、主にロサンゼルスのベッドルームなど限られた環境で制作された。

巨大なスタジオもない。

大量の機材もない。

だからWolfは、自分が持っている最大の楽器を徹底的に使った。

声だ。

何重ものコーラス。

奇妙なハーモニー。

叫び声。

加工された声。

そこへファンク、R&B、インディーポップ、ロック、ヒップホップ的なビートが重なる。

制限された環境が、逆に『Juno』の異常な密度を生んだ。

「Liquor Store」

『Juno』の冒頭を飾る「Liquor Store」は、この時期のWolfを象徴する曲だ。

タイトル通り、アルコールとの関係が背景にある。

しかし曲自体は暗いバラードではない。

明るい。

ファンキー。

カラフル。

身体が動く。

ここにRemi Wolfの重要な特徴がある。

深刻なテーマだからといって、深刻な音楽にする必要はない。

不安。

依存。

恋愛。

孤独。

自己嫌悪。

そうした感情を、極彩色のポップミュージックへ変換する。

悲しいことを明るく歌う

Remi Wolfの歌詞を読むと、音楽から受ける印象とのギャップに気づくことがある。

サウンドは派手で楽しい。

しかし歌詞では、不安定な恋愛や孤独、自信のなさ、依存、混乱などが描かれている。

これは偶然ではない。

Wolfの音楽では、

「悲しい=静かな曲」

というルールが存在しない。

泣きながら踊いてもいい。

最悪な気分をファンクで歌ってもいい。

その感情の矛盾が、彼女の音楽を人間的にしている。

色彩まで音楽の一部

Remi Wolfを語るなら、ビジュアルも無視できない。

彼女のアートワークやミュージックビデオには、とにかく色が多い。

赤。

黄色。

緑。

青。

紫。

奇妙なコラージュ。

歪んだ写真。

シュールなCG。

子どもの落書きのようなデザイン。

一見すると無秩序だ。

しかし音楽を聴くと、そのビジュアルが非常に正確であることに気づく。

彼女の曲も同じだからだ。

色が多い。

音が多い。

アイデアが多い。

少し気持ち悪い。

でも楽しい。

Remi Wolfにとって、音と映像は別々のものではない。

同じ世界を違う方法で表現している。

『Juno』から世界へ

『Juno』の成功後、Wolfの生活は再び大きく変わる。

今度はツアーだ。

Lorde。

Paramore。

Olivia Rodrigo。

大規模なアーティストのツアーにも参加しながら、自身のライブも行う。

世界中を移動する。

ホテル。

空港。

ライブハウス。

フェスティバル。

またホテル。

皮肉なことに、子どもの頃に競技スキーで経験した「移動し続ける生活」が、ミュージシャンとして戻ってきた。

2022年、自宅にいたのは約6週間

『Big Ideas』制作期の生活は極端だった。

Wolfによれば、2022年は一年間で10本ものツアーに参加し、自宅にいられたのは合計で約6週間だったという。

そのわずかな空白期間にスタジオへ入る。

曲を書く。

録音する。

そして再びツアーへ出る。

感情や経験を溜め込む。

帰ってきたら、それを一気に曲へ変える。

またツアーへ行く。

この繰り返しから『Big Ideas』が生まれた。

『Big Ideas』

2024年7月12日。

セカンドアルバム『Big Ideas』が発表された。

『Juno』との最大の違いは制作環境だ。

『Juno』はパンデミック下のベッドルームで作られた。

『Big Ideas』ではニューヨークのElectric Lady Studiosをはじめ、本格的なスタジオを使用できるようになった。

楽器もある。

エンジニアもいる。

他のミュージシャンもいる。

制作環境が一気に広がった。

Wolfはその環境を使い、音楽のパレットそのものを広げていく。

声だけではなく、バンドへ

『Juno』ではWolf自身の声が非常に大きな役割を担っていた。

『Big Ideas』ではそこから少し変化する。

ギター。

生ドラム。

ベース。

鍵盤。

ホーン。

シンセサイザー。

実際の楽器がより大きく前へ出てくる。

Wolf自身も、『Juno』では限られた環境だったため声を主要な楽器として使ったが、『Big Ideas』ではスタジオや機材を使えるようになり、より幅広い音色へ進めたと説明している。

つまり『Big Ideas』は、Remi Wolfがベッドルームからバンドへ出てきたアルバムでもある。

「Cinderella」

『Big Ideas』を初めて聴くなら「Cinderella」は非常に良い入口だ。

跳ねるリズム。

ファンク。

ソウル。

ディスコ。

ホーン。

そしてRemi Wolf特有の強烈なヴォーカル。

一聴すると非常に楽しい。

しかし曲の中心には、自分自身が変化し続ける感覚がある。

成功する。

ツアーへ出る。

知らない人に見られる。

求められる自分を演じる。

では、本当の自分はどこにいるのか。

カラフルな音楽の中に、アイデンティティの揺らぎが隠れている。

「Alone in Miami」

一方、「Alone in Miami」はツアー生活の別の側面を描く。

華やかな生活。

パーティー。

ドラッグ。

ホテル。

知らない街。

しかし、その中心にいる本人は孤独だ。

世界中を移動して大勢の観客の前で歌っているのに、一人になる。

これはポップスターという仕事の奇妙さでもある。

何千人から見られている人間が、誰にも見られていないように感じる。

『Big Ideas』には、この矛盾が何度も現れる。

「Toro」

「Toro」では、もっと肉体的なRemi Wolfが現れる。

欲望。

ホテル。

ワイン。

恋愛。

彼女の歌詞は抽象的な詩というより、その瞬間に起きていた出来事をかなり直接的に記録することがある。

『Big Ideas』についてWolf自身も、実際の人生で起きた小さな物語や記憶を集めた作品として語っている。

だからアルバム全体を聴くと、日記を読んでいるような感覚がある。

「Motorcycle」

そして「Motorcycle」では、Remi Wolfの別の顔が見える。

派手なファンクポップではない。

ゆったりとした曲だ。

ここでは、

落ち着きたい。

しかし自由でもいたい。

誰かと一緒にいたい。

しかし自分自身でもいたい。

そんな矛盾した感情が描かれる。

20代後半へ入り、永遠に走り続けることへの疑問が少しずつ現れ始めた。

『Juno』より『Big Ideas』が成熟した作品に聞こえる理由の一つだ。

ジャンルを決めない

Remi Wolfの音楽を説明しようとすると、ジャンル名が大量に必要になる。

ファンク。

ソウル。

ポップ。

R&B。

ロック。

ディスコ。

サイケデリック。

インディー。

ヒップホップ。

しかし本人は、自分を「funky-soul-popster」と冗談めかして表現したこともある。

この曖昧さは重要だ。

彼女は「ジャンルレスな音楽を作ろう」と大げさな宣言をしているわけではない。

好きな音を使っていたら、結果的に分類できなくなった。

それだけなのだ。

Stevie WonderのDNA

Remi Wolfの音楽を聴いていると、Stevie Wonderの影響を感じる瞬間がある。

ファンク。

コード。

メロディ。

リズム。

そして何より、複雑な音楽をポップとして成立させる感覚。

音楽的には高度なことをしている。

しかし聴く側に知識を要求しない。

踊れる。

歌える。

一度聴けばメロディが残る。

この感覚は、TIMELESS PEOPLEで取り上げてきたEzra CollectiveやEmma-Jean Thackrayとも少し似ている。

複雑さを、難しさとして見せない。

Remi Wolfの歌はなぜ強いのか

彼女の歌唱には、きれいに歌おうという感覚があまりない。

もちろん技術は高い。

しかし、必要なら声を潰す。

叫ぶ。

裏返す。

笑う。

変な声を出す。

音程の正確さよりも、曲に必要なキャラクターを優先する。

だから一曲の中で声の人格まで変わる。

Remi Wolfのヴォーカルは、歌詞を伝えるためだけのものではない。

曲のプロダクションそのものなのだ。

ポップなのに少し変

Remi Wolfの最大の才能は、「変なもの」をポップにできることなのかもしれない。

実験的すぎれば、一部の人しか聴かない。

ポップすぎれば、普通になってしまう。

彼女はその中間にいる。

奇妙な音。

変な歌詞。

突然の展開。

過剰なヴォーカル。

極端な色彩。

それでもサビは強烈にキャッチー。

このバランスは簡単ではない。

日本との関係

2024年にはFUJI ROCK FESTIVALへ出演。

そして2025年には東京と大阪で初の単独来日公演も行われた。

アメリカのインディーポップ/オルタナティブシーンから登場したアーティストだったRemi Wolfは、すでに世界規模のライブアクトへ成長している。

しかしライブが大きくなっても、彼女が目指している空間は意外とシンプルだ。

観客と一緒にパーティーを作ること。

ステージから完璧なポップスターを見せるのではなく、その場所にいる人間全員で騒ぐ。

彼女のカラフルな音楽は、ライブでさらに身体的なものになる。

『Juno』と『Big Ideas』の違い

二つのアルバムを続けて聴くと、Remi Wolfの成長がよく分かる。

『Juno』は内側へ向かっている。

パンデミック。

ベッドルーム。

依存との関係。

自分の声。

限られた環境。

そこから異常なほど濃密な音楽を作った。

『Big Ideas』は外側へ向かっている。

世界。

ツアー。

ホテル。

恋愛。

孤独。

スタジオ。

他のミュージシャン。

人生そのものが広がったことで、音楽も広がった。

初めて聴くなら

Remi Wolfを初めて聴くなら、まず「Photo ID」。

ここに初期の彼女の魅力が凝縮されている。

次に『Juno』から、

「Liquor Store」

「Anthony Kiedis」

「Sexy Villain」。

そして『Big Ideas』へ進み、

「Cinderella」

「Toro」

「Alone in Miami」

「Motorcycle」

「Soup」。

この順番で聴くと、ベッドルームで声を積み重ねていたアーティストが、巨大なスタジオとバンドサウンドを手に入れていく過程が見えてくる。

ポップミュージックを極彩色に塗り替える異才

Remi Wolfはポップミュージックを壊そうとしているわけではない。

むしろポップが大好きなのだと思う。

キャッチーなメロディ。

大きなサビ。

踊れるリズム。

強いヴォーカル。

その基本はきちんと守っている。

ただし、その上に何を置いていいのかというルールを無視する。

ファンクを置く。

ソウルを置く。

ロックを置く。

変な声を置く。

悲しい歌詞を置く。

ドラッグの話を置く。

犬を置く。

奇妙なCGを置く。

原色を全部置く。

普通なら「少し減らした方がいい」と言われそうなところで、さらに一つ足す。

そしてなぜか成立させる。

競技スキーを辞めた少女。

『American Idol』で敗退した高校生。

ロサンゼルスの音大生。

ベッドルームで曲を作っていた新人。

「Photo ID」が突然世界へ広がったアーティスト。

そして世界中をツアーするポップスター。

Remi Wolf自身の人生も、彼女の曲と同じように猛烈な速度で展開してきた。

だから彼女の音楽は落ち着かない。

一つの場所に留まらない。

昨日と同じ色では満足しない。

次の瞬間には違う音が鳴っている。

それでも中心には、ずっと同じものがある。

自分が面白いと思ったものを、遠慮せず全部入れること。

Remi Wolfは新しいジャンルを作ったのではない。

ポップミュージックという巨大なキャンバスに、使える色を全部ぶちまけた。

そして、その混沌を一つの曲にしてしまう。

それこそが、Remi Wolfという才能なのだ。

タイトルとURLをコピーしました