2015年、一枚のジャズ・アルバムが突然、音楽好きの間で大きな話題になった。
タイトルは『The Epic』。
収録時間は約3時間。
3枚組。
巨大なホーンセクション。
ストリングス。
コーラス。
そして、その中心でテナーサックスを吹く大柄な男。
Kamasi Washington(カマシ・ワシントン)だ。
ジャズが「難しい音楽」「一部の愛好家が聴く音楽」と思われることも珍しくなかった時代に、彼は正反対の方向へ進んだ。
小さくしない。
分かりやすくもしない。
むしろ、さらに巨大にする。
ジャズ、ゴスペル、ファンク、ソウル、ヒップホップ、クラシック、映画音楽。
あらゆる音楽を飲み込みながら、宇宙そのものを描くようなスケールで鳴らした。
結果として、ジャズをほとんど聴いたことのなかった若いリスナーまでが『The Epic』を聴き始める。
しかし、Kamasi Washingtonは突然現れた「ジャズの救世主」ではない。
その巨大な音楽の裏側には、ロサンゼルスで何十年も続いてきた仲間たちとの物語がある。
- ロサンゼルスで生まれたKamasi Washington
- John Coltraneとの出会い
- UCLAと民族音楽学
- すべては仲間から始まった
- West Coast Get Down
- Kendrick Lamar『To Pimp a Butterfly』
- Kendrick Lamarが証明したこと
- 『The Epic』
- なぜ『The Epic』は衝撃だったのか
- 「ジャズが嫌い」なのではなく「ジャズというイメージ」が嫌い
- サックスの音
- 『Harmony of Difference』
- 『Heaven and Earth』
- 映画『Becoming』の音楽
- Dinner Party
- 『Fearless Movement』
- 娘が作ったメロディ
- André 3000がフルートで参加
- Kamasi Washingtonの音楽はなぜ巨大なのか
- ジャズを救った男なのか
- 「難しいから聴かない」を壊した
- 初めて聴くなら
- ジャズを再び「巨大な音楽」にした男
ロサンゼルスで生まれたKamasi Washington
Kamasi Washingtonは1981年、ロサンゼルスで生まれた。
父親のRickey Washingtonもサックス奏者。
母親も音楽に深く関わる家庭で育ち、幼い頃から家の中には音楽があった。
最初からサックスを演奏していたわけではない。
幼少期にはドラムやピアノなどさまざまな楽器に触れていた。
転機になったのは13歳頃。
父親のソプラノサックスを手にしたKamasiは、そこでサックスに強く惹かれる。
そして短期間で急速に上達していく。
父親がプロのミュージシャンだったこともあり、ジャズは遠い世界の音楽ではなかった。
生活のすぐ隣に存在する音楽だった。
John Coltraneとの出会い
Kamasi Washingtonを理解するうえで避けて通れない人物がJohn Coltraneだ。
十代のKamasiはColtraneの音楽に強烈な影響を受けた。
特に後期Coltraneに代表される、ジャズを単なる演奏技術ではなく、精神や宇宙、祈りにまで拡張していく感覚。
それは後のKamasiの音楽にもはっきりと受け継がれている。
彼の作品には、単に「格好いい曲」を作ろうとしているだけでは説明できない壮大さがある。
人生。
死。
愛。
宇宙。
人間とは何か。
そんな巨大なテーマを、サックスとオーケストレーションで描こうとする。
Kamasiの音楽が時として「スピリチュアル・ジャズ」と呼ばれる理由もここにある。
しかし、彼はColtraneのコピーではない。
Coltraneから受け取った精神を、21世紀のロサンゼルスへ持ってきた。
UCLAと民族音楽学
WashingtonはUCLAで民族音楽学を学んだ。
ここも彼の音楽を理解する重要なポイントだ。
彼の興味はジャズだけに限定されていない。
クラシック。
ゴスペル。
アフリカ音楽。
インド古典音楽。
ファンク。
ソウル。
ヒップホップ。
世界中のさまざまな音楽へ耳を向けてきた。
だからKamasi Washingtonの作品には、ジャズの伝統を守るだけでは生まれないスケールがある。
彼にとってジャズとは完成された形式ではなく、あらゆる音楽を受け入れながら変化できる巨大な器なのだ。
すべては仲間から始まった
Kamasi Washingtonの物語で最も重要なのは、実はKamasi一人ではない。
ロサンゼルスには、幼い頃から一緒に演奏してきた仲間たちがいた。
Stephen Bruner。
後のThundercat。
Ronald Bruner Jr.
Cameron Graves。
Ryan Porter。
Miles Mosley。
Brandon Coleman。
Patrice Quinn。
彼らはそれぞれ後に世界的なミュージシャンになる。
しかし最初からスターだったわけではない。
同じ街で育ち、演奏し、互いの音楽を聴きながら成長した友人たちだった。
Kamasiの音楽が巨大なのは、単に編成人数が多いからではない。
長い時間を共有した仲間たちが、一つの音楽の中で動いているからだ。
West Coast Get Down
この仲間たちは後に「West Coast Get Down」と呼ばれるようになる。
ロサンゼルスを拠点とするミュージシャンのコミュニティだ。
彼らは長年、それぞれ別のアーティストのバックバンドやスタジオミュージシャンとして活動していた。
Snoop Dogg。
Lauryn Hill。
Chaka Khan。
さまざまな現場で演奏する。
技術はある。
アイデアもある。
しかし、自分たち自身の音楽はなかなか世に出ない。
そんな状況を変えるきっかけの一つになったのが、Thundercatだった。
Thundercatが自分自身の音楽を世に出し始めたことで、
「自分たちの音楽も外へ出していい」
という感覚が仲間たちの間に広がっていく。
後のKamasi Washingtonの成功は、一人の天才が突然登場した物語ではない。
ロサンゼルスの小さなコミュニティが、長い時間をかけて外の世界へ姿を現した物語なのだ。
Kendrick Lamar『To Pimp a Butterfly』
2015年。
Kamasi Washingtonの名前がジャズの外側へ広がる大きなきっかけが生まれる。
Kendrick Lamarの『To Pimp a Butterfly』だ。
この作品にはThundercat、Terrace Martin、Robert Glasperなど、ジャズやファンクに深く関わるミュージシャンが多数参加している。
Kamasiもその一人だった。
彼はサックスを演奏し、ストリングスのアレンジにも関わった。
当初、Kamasiが担当する予定だったのはアルバム終盤の「Mortal Man」に関する仕事だった。
ところが制作チームがアルバムを聴かせていくうちに、
「ここにも入れよう」
「この曲にも必要だ」
と仕事が増えていった。
結果として、Kamasiの音楽的な存在感はアルバム全体へ広がっていく。
Kendrick Lamarが証明したこと
『To Pimp a Butterfly』は商業的にも批評的にも巨大な成功を収めた。
しかしKamasiにとって重要だったのは、それだけではない。
この作品は非常に複雑だった。
ジャズ。
ファンク。
ソウル。
スポークンワード。
政治。
人種。
歴史。
複雑なハーモニー。
複雑なリズム。
それでも世界中の人々が聴いた。
Kamasiはそこから重要なことを確信する。
リスナーを過小評価する必要はない。
音楽を簡単にしなければ人々に届かない、という考えは間違っている。
複雑でもいい。
長くてもいい。
深くてもいい。
本気で作れば、人は聴いてくれる。
その直後に世に出るのが『The Epic』だった。
『The Epic』
2015年5月。
Flying Lotus率いるBrainfeederから『The Epic』がリリースされる。
タイトル通り、本当に「Epic=叙事詩」と呼びたくなる作品だった。
約3時間。
3枚組。
17曲。
通常のジャズ・コンボだけではない。
大規模なホーン。
ストリングス。
20人規模のコーラス。
その中心にKamasi Washingtonのテナーサックス。
まるでJohn Coltraneのスピリチュアル・ジャズと、1970年代のソウル、映画音楽、ゴスペル、宇宙が一つになったような音だった。
なぜ『The Epic』は衝撃だったのか
面白いのは、『The Epic』がジャズをポップスに近づけた作品ではなかったことだ。
普通なら、ジャズを若い人へ届けようと考えたとき、
曲を短くする。
ビートを現代的にする。
ゲストラッパーを入れる。
分かりやすい構成にする。
そんな方法を考えるかもしれない。
Kamasiは逆へ行った。
3時間にした。
オーケストラを入れた。
コーラスを入れた。
長いサックスソロを吹いた。
ジャズを薄めるどころか、濃度を最大まで上げた。
それなのに、ジャズを普段聴かない人まで夢中になった。
「ジャズが嫌い」なのではなく「ジャズというイメージ」が嫌い
Kamasi Washingtonは、自分の音楽を聴いた人から、
「今までジャズが嫌いだったけれど、あなたたちは好きだ」
と言われることがあると語っている。
彼の答えは興味深い。
その人たちはジャズが嫌いだったのではない。
「ジャズというものに対して持っていたイメージ」が嫌いだったのではないか。
難しい。
古い。
退屈。
知識が必要。
静かな場所で真面目に聴かなければならない。
そんな先入観だ。
Kamasiの音楽は、それを巨大な音圧で吹き飛ばした。
サックスの音
Kamasi Washingtonのテナーサックスは美しく整った音ではない。
太い。
荒い。
叫ぶ。
時には音が割れそうになる。
しかし、その荒さこそ魅力だ。
技巧を完璧に見せるための演奏というより、感情が楽器から直接噴き出しているように聞こえる。
一音一音が大きい。
そして周囲の音楽も大きい。
ドラム。
ベース。
ピアノ。
トロンボーン。
ストリングス。
コーラス。
巨大な音の塊の中から、Kamasiのサックスがさらに上へ飛び出してくる。
『Harmony of Difference』
2017年にはEP『Harmony of Difference』を発表。
ここでKamasiが扱ったテーマは「違い」と「調和」だった。
異なるメロディ。
異なるリズム。
異なる考え。
それらは必ずしも対立する必要はない。
異なるものが同時に存在することで、より大きな美しさを作ることができる。
その思想が最も分かりやすく現れるのが「Truth」だ。
作品の前半に登場した複数の旋律が、最後には同時に演奏される。
別々だった音楽が、一つの巨大な音楽になる。
それは単なる作曲技法ではない。
Kamasi Washingtonの世界観そのものだ。
『Heaven and Earth』
2018年には『Heaven and Earth』を発表。
タイトル通り、「天」と「地」をテーマにした作品だ。
Earthは、自分が外の世界をどう見ているのか。
Heavenは、自分の内側から世界をどう見ているのか。
外側の現実と、内側の精神。
二つの視点から人間を描く。
さらに物理版には、パッケージの内部に隠された第三のディスク『The Choice』まで存在した。
アルバムという形式そのものを使って、巨大な思想を表現する。
Kamasiらしい作品だった。
映画『Becoming』の音楽
Kamasi Washingtonの音楽はジャズ・アルバムだけに留まらない。
2020年にはMichelle Obamaを追ったNetflixドキュメンタリー『Becoming』の音楽を担当した。
ここでは『The Epic』のような巨大な音だけではなく、映像や人物の感情に寄り添う音楽も作っている。
このスコアはGrammy賞とPrimetime Emmy賞にノミネートされた。
彼が単に「激しいサックスを吹く人」ではなく、作曲家として広い視野を持っていることがよく分かる仕事だ。
Dinner Party
さらにKamasiはRobert Glasper、Terrace Martin、9th WonderとともにDinner Partyとしても活動している。
ジャズ。
R&B。
ヒップホップ。
ビートミュージック。
それぞれ異なる背景を持つ4人が同じ場所に集まる。
ここでもKamasiの音楽観は一貫している。
ジャンルは壁ではない。
音楽家同士を分ける必要もない。
面白い音楽が生まれるなら、一緒に演奏すればいい。
『Fearless Movement』
2024年、Kamasi Washingtonは『Fearless Movement』を発表した。
『The Epic』や『Heaven and Earth』ではストリングスやコーラスを使い、宇宙的なスケールを描いていた。
しかし『Fearless Movement』では少し方向が変わる。
テーマの一つは「ダンス」。
ただし、いわゆるダンス・ミュージックを作ったという意味ではない。
Kamasiにとってダンスとは「身体を使った表現」。
音楽が精神を音として表現するなら、ダンスは精神を身体で表現する。
その意味で両者は近い。
そして今回は、以前よりリズムそのものが前面へ出ている。
娘が作ったメロディ
『Fearless Movement』制作期には、Kamasiの人生にも大きな変化があった。
父親になったのだ。
パンデミックの最中に娘が生まれた。
Kamasiは幼い娘とJohn Coltrane、Ornette Coleman、Eric Dolphyなどのレコードを聴いて過ごした。
そして娘が2歳になる少し前、ピアノで短いメロディを繰り返し弾いた。
Kamasiはその旋律を作品にする。
それが「Asha The First」。
自分の娘が作った小さなメロディが、巨大なKamasi Washingtonの音楽へ発展していく。
彼の音楽における「コミュニティ」という考え方が、ついに家族へまで広がった瞬間でもある。
André 3000がフルートで参加
『Fearless Movement』には豪華なゲストも参加している。
中でも象徴的なのがAndré 3000だ。
「Dream State」でフルートを演奏している。
ラップではない。
フルートだ。
KamasiとBrandon Coleman、そしてAndré 3000がスタジオで即興的に演奏し、最初のセッションから曲の形が生まれたという。
さらにThundercat、George Clinton、Terrace Martin、D Smoke、BJ The Chicago Kidなども参加。
しかし、単に有名人を集めた作品ではない。
その多くがKamasiの長年の友人や、ロサンゼルスの音楽コミュニティにつながる人々だ。
Kamasi Washingtonの音楽はなぜ巨大なのか
Kamasiの作品を聴くと、「大きい」という印象を受ける。
編成が大きい。
曲が長い。
音が厚い。
テーマも巨大。
しかし本当の意味で彼の音楽を巨大にしているのは、参加している人間の数なのかもしれない。
父親。
幼なじみ。
West Coast Get Down。
Thundercat。
Kendrick Lamar。
Terrace Martin。
Robert Glasper。
George Clinton。
André 3000。
そして娘。
Kamasi Washingtonの音楽には、常に誰かがいる。
孤独な天才が一人で宇宙を作っているのではない。
人と人とのつながりが積み重なり、その結果として巨大な音になる。
ジャズを救った男なのか
Kamasi Washingtonは2015年以降、「ジャズを復活させた人物」「ジャズの救世主」のように語られることがある。
しかし、この表現には少し違和感がある。
ジャズは死んでいなかった。
ロサンゼルスではKamasiたちがずっと演奏していた。
ニューヨークでも世界中でも、ジャズは続いていた。
問題は音楽が存在していなかったことではない。
多くの人が、その存在に気づいていなかったことだ。
Kamasi Washingtonがやったことは、ジャズを復活させることではなかった。
ジャズの扉を大きく開いたことだった。
「難しいから聴かない」を壊した
『The Epic』が証明したことは重要だった。
3時間でもいい。
サックスソロが長くてもいい。
ハーモニーが複雑でもいい。
コーラスが巨大でもいい。
思想的でもいい。
リスナーはそれを受け止められる。
これは『To Pimp a Butterfly』とも共通している。
人間は思っているほど単純ではない。
難しいものでも、面白ければ聴く。
Kamasi Washingtonはリスナーの知性を信じた。
そしてリスナーも、それに応えた。
初めて聴くなら
Kamasi Washingtonを初めて聴くなら、やはり『The Epic』から始めたい。
ただし3時間を一気に聴く必要はない。
まず「Change of the Guard」。
次に「The Rhythm Changes」。
そして「Re Run」。
壮大な世界観が気に入ったら、アルバム全体へ進む。
次に『Harmony of Difference』の「Truth」。
さらに『Heaven and Earth』。
そして現在のKamasiを知りたいなら『Fearless Movement』。
特に「Prologue」「Dream State」「Get Lit」「Asha The First」を聴けば、初期から変わらない部分と、新しく変化した部分の両方が見えてくる。
ジャズを再び「巨大な音楽」にした男
Kamasi Washingtonはジャズを発明したわけではない。
John Coltraneがいた。
Pharoah Sandersがいた。
Miles Davisがいた。
Sun Raがいた。
その前にも無数の音楽家がいた。
Kamasiはその歴史を隠さない。
むしろ堂々と背負っている。
しかし彼は、過去を保存するためだけにジャズを演奏しているわけでもない。
ヒップホップと出会う。
映画音楽を作る。
オーケストラを使う。
ラッパーと演奏する。
André 3000のフルートと即興する。
娘のメロディを曲にする。
ジャズという巨大な歴史の中へ、自分が生きている現在を全部入れてしまう。
だからKamasi Washingtonの音楽は懐古的にならない。
古いジャズを現代風にした音楽でもない。
過去も現在も家族も友人も、全部同時に鳴っている。
『The Epic』というタイトルは偶然ではなかったのかもしれない。
彼が作っているのは、単なる曲ではない。
人間と音楽がつながっていく巨大な物語だ。
ジャズが小さな専門ジャンルだと思われていた時代に、Kamasi Washingtonはその音楽を小さくすることを拒んだ。
逆にもっと大きくした。
もっと長くした。
もっと深くした。
もっと多くの人を参加させた。
そして、その巨大さのまま世界へ差し出した。
Kamasi Washingtonはジャズを救ったのではない。
ジャズが最初からこれほど巨大な音楽だったことを、もう一度世界に思い出させた。

